おニャン子クラブのヒット曲「セーラー服を脱がさないで」を工藤静香(48)が約10年ぶりに歌い、1985年の発売時と同じ振り付けを披露したというので話題だ。
ソロデビュー30周年記念と銘打ち、このほど9カ所10公演のライブツアーをスタートさせた静香。木村拓哉(45)との間に生まれた次女、光希(15)がコウキの芸名でファッションモデルを始め、その動向が注目される中、歌手として再始動である。夫キムタクはSMAPの解散以降、パワーダウンが明らかなだけに、芸能ファミリーを仕切る静香の深謀遠慮に芸能マスコミの注目が集まっている。まず、
静香を知る関係者はこう言う。。。
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「ライブはこれまでも時々、やっているんですよ。彼女(静香)には自分の事務所があり、それを維持していくためにも、何らかの形で露出していかなければならない。ライブなどで露出することによってCMにつなげられたらという狙いはあるでしょう。SMAPの解散騒動で元マネジャーの飯島三智さんがジャニーズを退社するまで、静香は『表に出るな』と散々言われてきたし、飯島さんについてジャニーズを出ていくかキムタクが迷っていたときは真っ先に引き留めて、それがSMAP分裂と解散の原因になったとSMAPファンから悪者扱いされてきた。そういう圧力や逆風が少し収まり、自由に動けるようになったことも大きいかもしれません」
かくして、自分の歌手活動のほか、ステージママならぬプロデューサーとして、静香が次女の売り出しに動いていることも間違いないようだ。
凄みが出てきた工藤静香。。。
「もともと次女コウキは長女とあわせ、美人姉妹として芸能事務所から注目されていました。『おニャン子』時代からの付き合いが今も続いている秋元康プロデューサーもその存在を知っていて、AKBグループへの加入説もあったほど。結局そうはならず、ファッション誌の表紙モデルからのスタートとなったのも静香さんの考えでしょう。木村との結婚のときから後ろ盾となってもらっているメリー(喜多川・ジャニーズ副社長)さんにまたお伺いを立て、今はコウキの所属事務所を決めているところだと思います。大手芸能プロとの提携という形にするのではとみられています」
ライブでは、中2のときに挑戦した1984年の「ミス・セブンティーンコンテスト」当時のエピソードも披露。同コンテストで特別賞に輝き、翌85年に「セブンティーンクラブ」としてレコードデビューしたのは、ファンには有名な話。当時の思い出を振り返り、改めて同世代へアピールするとともに歌手として新機軸を打ち出そうというのだろうか。
「キムタクは静香の決めたことに口出しすることはない」(事情通)というから、自らと次女のプロデュースで業界を動き回っているのかも知れない。デビュー31年目。アラフィフになった静香からは凄みも出てきたともっぱらだ。
引用元:https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20180628/Gendai_471323.html?_p=2