小泉今日子(52)がしばらく女優業を休養しプロデューサー業に力を入れていくことを6月15日に発表した。彼女の個人事務所である「明後日」の公式サイト上で、<独立以前から決まっていた仕事については株式会社ミツヤエージェンシーの鮎川氏にマネージメントを委託しております。その他の仕事(女優業など)についてはしばらく休養させていただきます。舞台の制作などプロデューサー業に力を入れ、良い作品を世に送り出したいと思っております>との文面を掲載。これに問い合わせが殺到したとのことで、20日には<現在上演中の舞台「お蘭、登場」、秋に公開予定の映画「食べる女」、2019年放送予定のテレビドラマ。この3件が独立前に決まっていた仕事になります。それ以外の外部からのオファーに関しては2019年いっぱいまで全てお断りさせて頂いております。2020年以降は弊社制作のイベントや舞台などから復帰出来たらと考えております>と追記した。
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小泉今日子は今年2月に、デビュー以来所属していたバーニングプロダクションからの独立を発表。同時に、俳優の豊原功補(52)と恋愛関係にあることも公にしている。豊原功補は既婚者であり世間でいうところの不倫に該当するため、ネット上では他の不倫騒動同様に小泉・豊原に対する批判が巻き起こっていた。それゆえか、今回の小泉今日子の女優休業宣言に対しても「不倫の代償」と見る向きもある。また、「バーニングを離れたから干されるのでは」という憶測も。
しかし小泉今日子のマネジメントを委託されているという株式会社ミツヤエージェンシーは、もともとバーニングプロダクションで長く小泉を見てきたベテランマネージャー・鮎川彬氏が昨年設立した会社。個人事務所の「明後日」にしても、バーニングプロダクションと無関係なわけではない。独立したとはいえ、そして当人が望む望まないにかかわらず、“バーニングの小泉今日子”であることに変わりはないだろう。
つまり、今回の女優休業発表は、「不倫バッシングを受けたから」「バーニングを離れたから」ではないと考えられる。それどころか、数年前から小泉今日子自身が計画してきたことを実行に移すときが来たということではないだろうか。唐突な休業宣言に見えるかもしれないが、実は前々から計画してきたものだと感じさせる要素は多い。
小泉今日子は「50歳」を人生の節目として強く意識していたようだ。「明後日」公式サイトに掲載しているメッセージにも、<私事ではございますが、五十歳を迎えました。あっという間の五十年、半世紀も生きてしまいました。残された時間の中で何が出来るのか? これが今の人生テーマになっております>とある。
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2016年2月発売の『MEKURU VOL.07』(ギャンビット)のロングインタビューでも小泉今日子は<会社勤めをしていたら60歳で定年だし、社会の中で何かを残すとしたら、あと10年だと思っていて。そうすると、やっぱりあんまり時間がないから、あとから歩いてくる人たちが歩きやすいような道を整えたいと思いますね>と語っている。<あとから歩いてくる人たちが歩きやすいような道を整えたい>と考えた小泉今日子が、作品の表舞台に出る女優業をしばらく休み、作品全体を総括するプロデューサー業に徹することは、不自然なことではない。
思えば、小泉今日子は40代にさしかかった頃から、意識的に「大人であろう」としていたと思う。たとえば今からちょうど10年前、42歳のときにリリースしたフルアルバムのタイトルは『Nice Middle』だ。
2013年上半期放送のNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』では主人公・アキ(能年玲奈)の母親・春子役を演じた小泉だが、放送終了後に雑誌「SWITCH」(スイッチ・パブリッシング)での連載コラムに、能年玲奈への手紙のような文章を執筆している。「アキと春子と私の青春」と題されたそのコラムには<苦い思いも挫折も孤独も全て飛び越えて早くこっちへいらっしゃいという思いで能年ちゃんを見守る。まさに「その火を飛び越えて来い!」という心持ちで待っている。すぐに傷の手当ができるように万全な対策を用意して待っている。先輩ならではの立ち振る舞い><撮影中に二十歳になった能年ちゃんに三つの鍵がついたネックレスを贈った。大人になるために必要な鍵。ゆっくり慎重に楽しんで大人のドアを開いて欲しい。ドアの向こうにはいつでも未来が待っている。必要ならばいつでも私も待っている>と、能年へのエールが綴られていた。大人として、先輩として。若い世代に、後進の女優たちに。小泉今日子の視線は未来へ広がっている。
50歳の節目にあたっては、ファッション雑誌「GLOW」(宝島社)<齢五十の節目に感じること、思うこととは?残りの人生を、力まず弛まず、自由におもしろく生きることについて、親愛なる二十五名のゲストたちと本音で語り合>う対談連載を実施。その模様は、『小泉放談』(宝島社文庫)として一冊にまとめられ、2017年12月に発売されている。
そこには、他愛もない雑談もあれば、真剣な議論もあった。小泉今日子が今の社会を見つめ、今の社会を次世代にとって生きやすいものにするために自分ができることをしていきたいという思いがうかがえる。小泉今日子は2016年に舞台・明後日プロデュースVol.1『日の本一の大悪党』を演出、プロデュース(出演も)しているが、そのことは彼女にとって大きな転機となったようだ。
<この間、舞台の演出を初体験したのですが、以前だったら「できない、無理」「失敗したらカッコ悪いし」とか思っていたのが、「いや、やっちゃえばいいじゃない?」って。間違えたら間違えたで、また何かで挽回すればいいだろうし、そのくらいのエネルギーは残っていそうだから……>
(女優・高橋惠子との放談「今こそ、無邪気になる」より)
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また、後進の女優にとって生きやすい道をつくるという面では、彼女がこの対談集でフェミニズムに言及していることも見逃せない。
<私も最近になって、フェミニズムというのを身近に感じます。若い時はどこか自分の問題ではないと思っていたけれど、やっと「ああ、そういうことなのか」と。特殊な仕事で、会社のような組織に入ったこともないから、女性だということで辛い目に遭ったということがなくて、ずっとピンときていなかったんですか>
<ちょっと前まで、男も女も含めて「私より強い人なんていないじゃん」と思ってた(笑)。だけど、それぞれ違うんだということがわかると、弱さとかできないこととかも、逆にかわいらしく感じたりして。「でもこの人、私の苦手なことができるしなぁ」とか。フェミニズムを感じるぶん、男の人が生きていく中で大変なことも見えてくるし>
(文筆家・江國香織との放談「スローダウンはまだ早い」より)
<自分も社会に出て生きていく中で、自分が感じることと、フェミニストの方が考えることがちょっとずつ合ってきたという感覚がありました>
<ずっとアイドルの仕事をしてきて、30代の半ばくらいから「かわいい!」って言われる中に、「若い」って声が入ってくるようになって。これ違くない? 喜んじゃいけないんじゃない?って>
<自分のいるエンタメの世界では、私もそんな責任を感じるので、後から来る人たちのために、ちょっとは道を開いておきたいな……と>
(社会学者・上野千鶴子との放談「向かい風は、想定内」より)
こうした発言を経ているからこそ、小泉今日子の「女優休業」という決断は、決して後ろ向きなものではなく、未来を見据えた計画的なものだという確信が持てるのだ。
「女性自身」(光文社)では、小泉が「2カ月ほど前に小泉さん率いる女優たちの飲み会“小泉会”」を解散していたとして、「人生の再スタートを切ったばかりの彼女としては、いつまでも“女優のリーダー”であり続けることがプレッシャーだったのでしょう。事務所独立後には『そろそろ自分のポジションをだれかに譲りたい……』と漏らしていたといいます」と記しているが、それはおそらくあり得ない。小泉今日子は“大人として”正しい姿であろうとしているのだと思う。
引用元:http://wezz-y.com/archives/55909/2